物欲と石

 mixiでこのことについて見かけて以来、「物欲と石」というテーマで一回書いてみたかったのだが、私の中ではこのテーマは結論がはっきりしすぎていて、かえって書けない(爆)。私が石を求めるということは、100%ズバリ「物欲」によるのである。
 例えば、私が限りなく色の濃いローズクオーツを追い求めているのは、「ものすごく濃い色のローズクオーツを、私が所有して、撫でさすりたい。」という欲求によるものに他ならない。その他、「トライゴーニックが欲しい」だの、「カイラス水晶が欲しい」だの、「アゼツライトが欲しい」だの、これ全て、言うまでもなく、物欲。
 「素晴らしい石が、世界のどこかに存在していれば充分。」という美しい精神ではない。「私のものにしたい(←といっても、それは長くてもたかだか数十年のことであろうが)。」という、この業の深さ。
 私とはこういうものさ。と、私は、そういう私を、受け入れているのだが。
 そういうのじゃ、いけないのかな。いや、いいだろうよ、きっと。(←無根拠。)
 そしてそして、「もうこれで、何にもいらない!!!!!!!!」というような、素晴らしい「私の石」と出会えるといいのだが。(さらに物欲。)
 「物欲」と書くと、何かむなしいというか、罪悪感を抱かせられる感じだが、「美しいものが多岐にわたって好き」という言い方をすれば、そこはかとなく豊かな感じもする(するかな?)。
 ああ。何か、我ながら歯切れが悪いなあ。
 好きなものは好きなのっ!!!!!!!!!!!!!(ゼイゼイ。結局この一言に尽きるのであった【爆】。)