二面の統合

 昨日は会社の宴会で、帰ったら爆睡してしまった、不肖・ロズ子○○才。なので、この日記は例によって、翌日に書いてます。
 私の周囲の宴席には、たまたま穏やかな人々が集まっていて(もちろん私はその席むりやり割り込んだ)、そこはかとなく平和だったが、他の席は中荒れで、聞いていて大変苦しかった。なぜかというと、噴出するのは「あいつが働いていない。」などの恨みつらみ話題であり、実にその「働いていない人」の中にこの私もエントリーされているからである(爆)。
 いや、私は私なりに忙しく働いているのだが、周囲からはそう見てもらえていないということであろう(がっくり。まあ、能率は今ひとつだけど。)。追求されても参るので、そちらの話題は耳に入らない振りをし、ひたすら飲んで食べていた。(←おいしかった。)
 この日のお供石は、アゼツライトと透明ロードナイト。二つながらに素晴らしい石であり、「良いもの」「美しいもの」を具現しているような石だ。
 日ごろから思っていることだが、人間には二面性がある(人が多い)。この私にももちろん、天使のような(爆)面もわずかながらある(だろう)し、悪魔のようなところも残念ながらある。
 この間の「私の指に台を落とした」同僚にだって、非常に温かい良い面もあるわけだ。宴会のみなさまについてもしかり。
 ところが、天使のような面がしょっちゅう発現する人と、悪魔のような面ばかりがしょっちゅう出てくる人とがある。これには様々な原因があるのだろうが、私が石を好む一つの原因は、「良い面」「美しい面」が具体化されているものだと感じることなのだろう。
 ああ、私も、美しい石のようになりたい。(爆)
 とは言え、「悪魔的な面」も否定して押さえ込むには及ばないと思う。豊饒で深い世界は、様々なものが内包されているからこそ、深く豊かであると思うからだ。
 どうせ私の暗黒面だって、簡単に消えようはずもない。生きていくには、そういう面が必要なことだってあるだろう(気分はよくないが)。天使的な面ばかりになったとき、人は「この世で生きる」個人的な必要性がなくなるのかもしれない。
 二面の統合。葉子さんがある時期、ワークのテーマにされていたことだが、もしかするとそれらは統合すらする必要はなく、「そこにある」ということだけを自覚して進んでいけばいのかもしれない。
 そう。私って、ずるくてダメな面満載だが、できるだけ良く生きていきたいとは思っているのである。