ピンク・アンダラに質問

 今日もモルダバイトとともに会社へ出かけ(←握って出かけた、という意味で、他の石もカバンのなかにあまた【大爆発】)、だいたいいつもどおりの1日を過ごした、不肖・ロズ子○○才。
 途中、高揚しすぎ(爆)て頭が白飛びし、わけのわからない感じになったことも2度ほどあった(大大大大大爆発)が、「白飛びなんかしていませんよ」という顔を作ってなんとかやり過ごす(←おバカ。)。実際は脳と身体と心が遊離して、てんでんばらばらになっていたのだが。(←一つにまとめましょう、自分!!!!!
 それも午後になるとややおさまり、またぞろメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」序曲を聴きながら帰宅した。(←今しみじみ好き。)
 テンポはいいんだけど、もうちょっと音が響くとさらにいいなあ(←注:私的希望。)。などとCDに希望(←希望しても無理。)しつつ、「まあ、いっか、これで…。」と思う、不肖・ロズ子○○才。
 今日検索してみると、レヴァインクリーヴランド管弦楽団ジョージ・セルについて見習いをしていたそうで、道理でテンポとか音色が似ているような(思い出して比較)。私はジョージ・セルクリーヴランド管弦楽団の序曲も気に入っていたので、それでレヴァインのこれもまあまあいいと感じるわけね(←と自分を考察。)。
 さて、そんなわけで、持ち歩きやら握る「石」ライフには変わりないのだが、今日は思うところあって帰宅してからピンク・アンダラを取り出した。シェラネヴァダ産の、一見透明な、実は極薄色の元祖ピンク・アンダラである。
 これは、2004年に購入したもの(←たぶん。)で、この「石日記」を書きはじめたときよりも以前に、既に持っていたものである。購入先はピンク・ドルフィンさん、お願いして、カウアイ島のクリスタルショップから購入していただき、それを分けていただいた。
 今やアンダラは私の中で「投棄ガラス(←初期のもの。)、あるいは人造ガラス(←最近のもの。)と位置づけられている(←位置づけるな、自分!!!!!)。要するにどちらにせよ「人工」ということで、このピンク・アンダラとて私にとってはそうなのである。
 ではなぜ取り出したかというと、「…ピンク・アンダラはやっぱり、『愛と光』という感じではあるよな。」と思ったからである(大大大大大爆発)。
 ピンク・アンダラは見ているうちに色が変わる、とピンク・ドルフィンさんのHPにあったので、ものすごく薄い色の我がピンク・アンダラをしばらく眺めてみる(爆)。以前も風呂場で色変わりしていたが、こう見ていると、やはり「ほぼ無色透明→クンツァイトのような雰囲気の、でももっと薄いピンク」に変化するようだ…(←光源のせいかもしれないが。)。
 やっぱ色、変わるんだなあ(←注:光源とか、あるいは気のせいによるのかも。)。と思いつつ、手の中のピンク・アンダラに向かってあることを質問する私。
 するとピンクの色は濃くなり(←注:「そう見えた」ということに過ぎないが。)、私はさらに心のなかでピンク・アンダラに話しかけた。
 答えてくれるといいんだけど(爆)。
 アンダラは、「えーーーーーっと、その質問の答えは」とは、もちろん言わないだろうが(あきらめ)。